20.5.10

今自分どこ?

もう5月も後半。散歩の距離ももはや正確に記録してはいませんが、毎日コロちゃんと歩いているので、1日1キロで大きな誤差はありません。

さて、計算してみると、今は出発から608kmです。到着までかなり近づいてきました。
でも訳はまだまだ。少しあせって翻訳を1つ進めました。おそっ!

第10行程 Santo Domingo de la Calsada ~ Belorado

グラニョンを過ぎ、レデシージャ・デ・カミノが見えてくると、大きな看板が、私たちのブルゴスとカスティージャ到着を歓迎する。ここから数週間、フランスルートはカスティージャ地方の広大な平野へと移る。次の目的地は山頂の影に位置する、古代の隠遁者の洞窟や廃城が今なお残るベロラードだ。

旅程

絞首刑で有名なサント・ドミンゴ・デ・カルサダだが、ここには美味しいジュースやコーヒー、そして様々なお菓子屋があり、これから挑むリオハ地方最後の数キロと、カスティージャ地方最初の数キロに備えたエネルギー補給の場になる。マヨール通り、リオ・パロマレホス通りと進むと、20世紀初期に建てられた礼拝堂へ着き、そこからオハ川に架かる、16のアーチに支えられた全長約150mの橋を渡る。その橋は18世紀及び20世紀半ばに建築されたもので、聖ドミンゴが建築した元の渡瀬は、現在飛び地として残るに過ぎない。その橋を渡り、右に入る道を行き、LR-201を横断する。そこから600m位進んだら、N-102をまた横断してN-102の側道を1.7km行く。それから国道に沿って何キロか行ったところで左手に曲がって、リオハ地方最後の村、グラニョンに向かう。中心街には商店やバルがひしめき、アルベルゲはサン・フアン・バウティスタ教会内にある。(サントドミンゴからここまで6.8km).

グラニョンを出ると、麦畑を横切る砂利道に出会う。小川や川の岸辺にそって植えられたポプラ並木がこの行程の単調さを和らげてくれる。2km行くと、背の高い看板が、これから約2週間を過ごすカスティージャ・レオン地方へ入った私たちを出迎える(この行程ここまで8.8km)。この先、さらにパレンシア、レオン、そしてガリシアに足を踏み入れる前に先ずはここブルゴス州だ。カスティージャ地方、最初の町、レデシージャデカミノが、例の看板の所から、既に見える。長くまっすぐな道を克服し、国道N-120を渡るとこの村に到着だ。村の入り口には管轄円柱塔と旅行案内所があり、カスティージャ・レオン地方を通したサンチアゴ巡礼道の詳しい情報を提供してくれる。マジョール通りにあるヴィルヘンデラカジェ教会(通りの聖母教会)の12世紀の洗礼用の泉は見ておきたい。(ここまで10.7km)

レデシージャを出る際に、またN-120を横断し、レデチゴ川を渡って次のポイント、カスティルデルガドへと向かう。サンペドロ教会、サンタマリアデルカンポのバロック礼拝堂があるマヨール広場までエルクリスト通り・マヨール通りを通って進む。 (ここまで 12.4km). クエスタ通りを通ってカスティルデルガドを抜け、国道と平行なアスファルトの車道を行くと、1020年頃にサントドミンゴデラカルサダガ生まれたビトリアリオハに到着する。(ここまで14.3km).
ここから、耐火舗装された国道に合流するまで、またアスファルトの道を進んでいく。 (ここまで15.5km). この国道からビジャマヨールまでは17.8kmだ。 村の入り口にはこの行程最後を行くための栄養補給ができる小さな公園と休憩ゾーンがある。ビジャマジョールをレアル通りから再び車道に出て、ベラロード市街まで一気に進む。(ここまで22.7km)

31.12.09

今年も終わり

前回の更新から随分たってしまった。気づいてみれば2009年も今日で終わる・・という理由で大急ぎで更新。
ただ今、コロちゃんとの散歩は468km地点。19行程のLeón - Villadangos del Páramoを歩いているあたりだ。
カミノの翻訳の方はかなりためてしまった。。。が内職はためられない。
今日は内職にラストスパートをかける。今年中に終わらせることを目標に!

14.9.09

地球に乾杯

先日youtubeを見ていて大発見!!!
これこれ!!私はこの番組を見てカミノを知りました。
投稿者の方、有難う~本当に感謝しています。

埋め込み不可なので下をクリックしてくださいね。

http://www.youtube.com/watch?v=BAdL4T8Yjfk

あれからどれだけ歩いたか?

散歩の記録を見たら最後が7月2日になっていた。
相変わらず一日1kmはコロちゃんと歩いているが、ここ一月は気候が良いので2kmくらい歩いている。
ってことで、今355km地点。行程でいくと18行程あたりだ。
ま、いいか。

第9行程 ナヘラ~サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ

サントドミンゴ・デ・ラ・カルサダ 鶏の丸焼きが鳴いた土地

旅程
ナヘラから長命の聖人の町に着く前にアソフラ、アソフラのロメロスの泉、アレサナコ、そして特にアッシジの聖フランシスコが一泊したカーニャスシトー会修道院を通る。その後、フェルナンゴンザレスがナバーラの軍隊に捉えられた場所であるシルエーニャやカラトラバ修道会の古い病院があった聖ミリャンとエルビアスの教会があるシリニュエラが姿を現す。
サントドミンゴデラカルサダではカテドラルの中に私達に有名な奇跡を思い出させてくれる雄鶏と雌鳥をみることができる。

---14世紀にSaintes(当時はドイツのコロン教区に割り当てられていたフランスの街)の夫婦が、息子と一緒にサンティアゴへ巡礼をしていた。サントドミンゴの旅館で宿の女性がその若者を誘惑したところ、彼が彼女の誘惑を拒否したので女将は復讐にその若者の服の中に銀杯を隠し、翌朝盗難として訴え、彼は逮捕され絞首刑にされた。
両親は思い悩んだがコンポステーラまで旅を続け、再び町に戻ってみると(絞首刑となって吊るされたままの)息子はまだ生きていた。聖人が(首が絞まらないように)彼の足を支えてくれていたからだ。二人は急いで判事館へいった。判事はこれから2羽のローストチキンを食べるところだった。彼は息子が生きているならこれから自分が食べようとする二羽の鳥が生きているというのと同じようなものだと答えた。その瞬間、その動物たちは皿から飛び出してヒラヒラ飛び鳴きはじめ、若い巡礼者は無実となった。---

特に急な坂で始まるナヘラの道の為にこの行程は険しい道から始まる。登り坂が続くこの行程でリオハ区間を元気に進んで行くには、辛抱強くアソフラ付近のRollo de Justicia(正義の曲がり道)や道中の眺めを楽しむことをお勧めする。工事のためシリニュエラには入れずゴルフコースの傍を通らせる一時的な迂回路があるので、アソフラ~サントドミンゴ間の最後の15kmに備えて体力を温存することを忘れてはならない。そこではゴルファー達が打ち上げるボールに特に注意する必要がある。

主な難所
ナヘラの出口に1kmほどの上り坂がある。険しくとも行程の最初であることが救いだが、巡礼者はこの坂の険しさに驚かされる。
アソフラのRollo de Justicia(正義の曲がり道)の素晴らしい眺めを満喫して1kmほど行くとサントドミンゴまでの間の主な難所である1300mの上り坂が始まる。

見所
アソフラ
小さな丘の上にあるこの町には巡礼道にそって高貴で盾の家紋をあしらった家がたちならぶ。教区教会は巡礼者の聖ヤコブとトゥールズの聖マルティンの像が見ものだ。アソフラから数キロメートル先に文化遺産である聖ミリャン・デ・ラ・コガーリャ修道院(上の修道院がモサラベ、下が僧院)は、『聖ミリャン修道院の注解』の存在によってカスティジャーノ語の発祥地とされる他、バスク語で書かれた最初の言葉がある。アソフラ寄りには聖ドミンゴ・デ・シロスの故郷である美しいカニャのシトー会修道院がある。

サントドミンゴ・デ・シロス
この町は正真正銘のサンチアゴ巡礼道の産物である。1044年に聖ドミンゴに設立され、巡礼者ためにオハ川に24アーチの橋の他、ナヘラ~レデシージャ間の車道と宿をを作った。
それ以来町は栄え始めた。聖ドミンゴの墳墓の上に町のランドマークであるロマネスク設計のカテドラルはゴッシック・ルネッサンス様式である。中には聖ドミンゴの墳墓の前に「ロースト後に鳴いた雌鳥」の伝説を記念して雄鶏と雌鳥が一緒に容れられているニッチがある。パラドールは巡礼者用の古い病院の当時の要素がふんだんに保存されている。サントドミンゴでカルサダは地方の首都で多くの商店・レストラン・バルがある。12月には中世市を盛大に祝う。

21.7.09

サンジャックへの道

DVD『サン・ジャックへの道』が安くなったので少し前に買ってみた。
レビュー通り「ハートウォーミング」な作品だ。
ストーリーも良かったけど、私が印象深かったのが、電波が良い場所にくると皆、携帯電話しまくるシーン。
巡礼というと世俗から離れた印象があったけど、そうだよね。
家を2~3ヶ月空けるんだから、普通誰かに家のことを頼んでいくだろうし、(うちには猫がいるし)
家族や仕事の心配だってある。家族だって心配だろう。
私が歩くのはいつになるやら・・だけど・・・公衆電話って訳にはいかないのかな。


13.7.09

Somewhere Over the Rainbow 日本語訳してみました

Somewhere Over the Rainbowは1939年のミュージカル映画「オズの魔法使い」の中で歌われた劇中歌で、現在に至るまでに数多くのアーティストにカバーされている。
先日ご紹介した曲は、Israel Kamakawiwo'le氏(イズラエル・カマカヴィヴォオレ,1959-1997)が
ハワイアン音楽の基礎を築いたGabby Pahinui氏(ギャビー パヒヌイ,1921-1980)に捧げたもので、
歌詞も少しアレンジされている。

カマカヴィヴォオレ氏が音楽を始めたのは11才の時。今日でも伝説のギタリストとして語られるパヒヌイ氏の音楽は、当時イズラエル少年にとって虹の彼方のように手の届かない、憧れの存在だったことだろう。

イズラエル少年にとってのパヒヌイ氏、『小説家をみつけたら』のジャマール少年にとってのフォレスター氏。音楽と文学の差はあっても、憧れや夢、そして夢を叶えるためには勇気が必要というところで共通し、
詩がさらに心にしみる。

私がこの歌で好きなのは、夢の世界の美しさや願いごとだけではなく、現実の世界にも美しさを見出し、それを強調しているところだ。
私達の体はこの世にあって、この世で自分が選んで行動したことの積み重ねが明日を作る。
現実の世界にある美しさを知り、肯定し、それを糧に、時には辛い現実とも向き合いながら、
虹の彼方でも煙突のはるか上の世界でも、行きたい所を目指しながら行動していく。
そうすることで、夢に一歩一歩近づくのだろうし、幸せがあるのだと思う。

そんなことを考えたらしみじみしてしまった。
一行一行訳しながら、「そうだよね」「うん、うん」なんてうなづく自分がいる。
最後のところは、「僕だって追いかけていいよね?」や「ぼくだって夢を追いかける勇気をもてるよね?」という訳も浮かんだ。その時の状態でどれもありえるかな。。
ちゃんとCDを購入したら、プロの翻訳家によるビンゴな訳詩が読めるだろう。。。
図書館にあったら借りてみようかな(私ってケチね)

でもここは、多少日本語の語彙不足を感じながら、自分の感性にゆだね、楽しみながら訳してみました。



[日本語訳]

ずっと高い虹の彼方に
いつか子守唄で聞いた
あなたが追い続けた夢がある
虹の彼方では
青い鳥たちが飛び
あなたが追い続けた夢がある
夢って本当にかなうんだね
いつか星に願いをかけよう
目覚めたら雨雲は僕のずっと遠く後ろの方にあって
嫌なことはレモン飴みたいにとけてしまいますようにって
煙突のてっぺんの真上、高く高く行ったところ
そこが僕のいる所さ
虹の彼方で
青い鳥たちが飛ぶ
あなたが恐れず追い続けたその夢を
僕にだって追いかけられないはずはないよね?

緑の木々や赤いバラが何本も見える
そのバラ達が、これから僕らのために咲いてくれるのを
僕は見守っていくよ
そうして、そっと心に思うんだ
この世はなんて素敵だろうって

青く晴れた空や白い雲、日の輝きも見える
夕暮れは僕のお気に入り
そうして、そっと心に思うんだ
この世はなんて素敵だろうって

空にかかるとってもきれいな虹の色が
道行く人たちの顔にも映ってる
「こんにちは」って言いながら
友だち同士で握手してるのが見えるけど
本当は「君のことが大好きで、とても大切に思ってる」って言っているんだよ
赤ちゃんの泣き声を耳にして
僕はこれからこの子達が成長していくのを見守っていくよ
ぼく達がこれから知るであろうことよりも、
ずっとずっと沢山のことをこの子達は学んでいくんだね
そうして、そっと心に思うんだ
この世はなんて素敵だろうって

いつか星に願いをかけよう
目覚めたら雨雲は僕のずっと遠く後ろの方にあって
嫌なことはレモン飴みたいにとけてしまいますようにって
煙突のてっぺんの真上、高く高く行ったところ
そこが僕のいる所さ
虹の彼方で
青い鳥たちが飛ぶ
あなたが恐れず追い続けたその夢を
僕にだって追いかけられないはずはないよね?

2.7.09

小説家を見つけたら ~ オルフ

『小説家を見つけたら』の音楽でもう1曲、心惹かれたのが
Vier Stucke Fur Xylophon: Gassengauer nach Hans Neusiedler
エンヤの曲にも似ている感じがしたのだけれど、何せ曲名が分からなかったので探すのにちょっと苦労しました。見つかって大満足o(^0^)o
そして作曲家を知ってびっくり。オルフなんですね!!
オルフと言えばカルミナ・ブラーナ。携帯の着メロにしてたことがあるくらい好きです。
その時も聞いた瞬間に衝撃を受け、曲名を探しまくったことを覚えています。
「またあなただったのね(は~と)嬉しすぎる!!」今はそんな気持ちです。
では、Vier Stucke Fur Xylophon: Gassengauer nach Hans Neusiedlerと
Carmina Buruanaを2本立てで。



小説家を見つけたら

気に入ってしまった映画があったので紹介させてください。
『小説家を見つけたら』


あらすじ・詳細ははこちら→ http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD32460/index.html

「感動する」ってこういうのを言うのでしょうか。
見てるときは特に何かこう涙するとか、そんなことはなく、
とにかく、途中で見るのをやめることが出来なくて、ただただ見ていただけ。
それでいて、終わったら「ぐぐぐ」っと胸にきて、ちょっと苦しいほどでした。
 Somewher Over the Rainbow/ What a Wonderful Worldがまたよくて・・・
もしかして、最後に来た「ぐぐぐ」はこの曲に来たのかもしれない。。。
と思ってしまうくらい心にしみる曲です。



P.S. これを書き始める前には確かにアマゾンで在庫ありだったこの映画のDVDが今見たら売り切れていた~
皆感動したのね~  あ~すぐ買うんだった( >_< )
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記:Somewhere over the rainbow の動画を変更しました。
   『小説家を見つけたらら』の中古DVDを購入いたしましたv(^o^)v

今どれだけ散歩したの自分?!

記録をさぼったので問いかけて、計算してみた。あまりにも怠けすぎていたので、「もしや700km位歩いてしまってもう着いてしまうのでは?!」と思ったが・・いらぬ心配だった。。
ガイドブックを見てみると、今計算上ではHornillos del Camino という村にいて、距離は出発してから
797km分の278km。「思ったより進んでないな」などとほっとした。
人生80年で計算すると、約3分の1過ぎたことになるから、え~と(計算中)、27才か。ふ~ん・・微妙。
実年齢は人生の半分ほど(いや、正確には少し過ぎたが)。
そうね、3分の1から2分の1に来るまで「あ!」という間だったな。。
27才の自分に戻って、これから13年の過ごし方をアドヴァイスするとしたら何て言うか考えてみる
。。。考え中。。。。
「色々あるけどやりたいことやりなされ。途中でやめてもいいけど、全部やめるのはだめよ。10個首突っ込んで5個途中でやめたら5個は成し遂げよう」かな。
旅程の訳も成し遂げるほうに入れたいな。その前に大学の卒業だ。
今度の日曜日に科目試験がある。合格すれば卒業にまた一歩近づく。祈合格

5.6.09

Let's go berrying ! Part 2


音痴なのに 'The Mulberry Bush' を歌って生活している。
Mulberry-桑の実なんて食べたことなかったが、毎日歌っているうちに食べてみたくなった。
散歩中に食べてみると甘酸っぱくておいし~!
このままでも十分おいしいけどマフィンにしたらどんなかな?
早速焼いてみたので写真をUP

材料(写真にある4個分)
薄力粉 60g, 強力粉 40g, ベーキングパウダー 4g,
バター 50g,卵 1個, 砂糖 40g, 牛乳 50cc,
シナモンパウダー 適量, レモンの皮の刻んだもの適量,
桑の実 片手一杯ほど, カップケーキ用カップ(写真のは100円ショップで購入)

①バターは泡だて器でクリーム状にし、砂糖・卵を加えて混ぜます。
②①のボールに牛乳・レモンの皮・桑の実を加え、さらに混ぜます。
原形を完全にとどめると毛虫っぽく見えるので、桑の実がちょっとつぶれて紫になるくらいがおすすめ。
③②にふるっておいた薄力粉・強力粉・ベーキングパウダーとシナモンパウダーを合わせてまぜます。
④③をカップに入れ、180℃に温めたオーブンで30分焼いたらできあがり♪

これを食べたら桑の実がずっと身近に感じられること間違いなし!
市販のマフィンが食べられなくなるかも!?
アントシアニンやポリフェノールもたっぷりなんですって。
お試しあれ

30.5.09

Let's go berrying!


5月は一年で一番好きな月だ。理由は簡単。木苺が生るからである。
毎年同じ場所にちゃんと生るなんて奇跡だと思う。だから毎年再会すると感謝せずにはいられない。
写真の赤いのが「クサイチゴ」、黄色いのが「モミジイチゴ」、紫のが「桑の実」
木苺摘みをゆっくり楽しみたくて、コロちゃんと一度帰宅した後再び独りで出かけた。
雨上がりの森林浴。スイカズラが微かに香る霧のシャワーを浴びながら、森と呼吸できることがただ嬉しかった。

14.5.09

アロマオイル


購入したアロマオイルをコルクにたらしてアロマコルクの完成です♪
ほたて貝にRIOJA(リオハ)の文字が良いでしょ?
お酒はあまり飲めないけれど、ワインは2杯ぐらいならいけます。
コルク栓の文字やデザイン、自然な風合いが好きで、抜いた栓は集めています。

大多喜ハーブアイランド


今日はお天気が気持ち良いので大多喜ハーブアイランドまでちょっとドライブ。
落石注意!路肩欠損(山道なので落ちれば下まで落ちます)の看板を何度も通り過ぎながら慎重に運転していきました。
信号が殆どないので30分で到着。距離にすると22kmですが、くねくねしてたせいかもっと遠く感じました。巡礼なら一日に歩く距離かぁ。。。ひぇ~。。ちょっと弱気な私。
さて、気をとりなおしてハーブアイランド・ベジタブルガーデン内のカフェへ。
ガラス温室のカフェの日よけは天井一杯にのびるトケイソウ。へぇ~トケイソウの実ってこんなんだったのか。なすみたい。ハーブティーのドリンクバーを注文。
しばし、さわやかな風に運ばれるハーブの香りにうっとりしながら読書をし、店内のお店でラベンダーのアロマオイルを購入し帰宅しました。

っとここまで書いて、本当にトケイソウかを確認。え!!?トケイソウの実ってパッションフルーツだったんですか!? あれは天井一面のパッションフルーツだったのか! おぅ~・・・!頭の中でただの茄子状だった実が突然ご馳走に変換っ!熟す頃にまた行かなきゃ。今度は歩いて行くか!? いや~車でしょ・・・ 

7.5.09

散歩の記録はもう11行程 でも訳は8行程

自分のブログを眺めてみると、3月4日に第8行程ゴール、4月2日には9行程まで進んでいるとあります。
散歩は引き続きコロちゃんに催促されて毎日1kmは進んでいます。(コロちゃんに感謝!!)
という訳で、ブログを放置していたら11行程まで来てしまいました。

今年のゴールデン・ウィークの大部分をレポートに費やし、提出できてほっとしている反面、
何か悔しいじゃないですか?それが大部分なんて。el caminoの翻訳も進めなきゃ!で昨夜から始め、
本日何とか第8行程の翻訳をup☆

散歩が11行程で、訳が第8行程・・散歩も行程の翻訳も娯楽でやっているんだから、訳が遅れて
「やばい!」という感覚はないけれど、今、ブログを書きながらこの状態にふと人生を重ねています。
まず、時間は止まらない。よってゴール(寿命)は来る。ってこと。
ブログの更新がおろそかになるというのは、つまり、ブログを書くことよりもっとやりたいことがあるって
ことです。寝たり、食べたり←(それが最初かい!)(^_-;)、レポート課題に取り組んだり・・
楽器弾いてみたり、絵を描いてみたり
だけど、ブログだってやりたいことの1つ。そう思うと、ゴールが来るまでにやりたいことやりきるってのは難しいことだな~・・ と「しみじみ」してきちゃいましたので、今日はここまで。

第8行程 Logrono ~ Najera

この行程では、赤土や早生のブドウ畑、そしてそのワインが旅人のお供をします。
旅程,
ログローニョを出て少し行き、美しいグラヘラ公園を通るとサン・アントンの丘の頂上に向かう上り坂が始まります。その後サン・フアン・デ・アクレ病院の廃墟を見渡し、道路の傍に陶器工房が並ぶ地域のナバレテに到着です。ナヘラから3kmほど手前にローランの高台があります。これはイスラムの巨人Ferragutと対戦したローランが勝利した神話を思い出させる小さな丘のことです。伝説によると、Ferragutの城に投獄されたキリスト教徒の騎士のかたきを打つためにローランはナヘラにやって来ました。ローランは後に彼の名で呼ばれることになったその丘に上り、遠くにその巨人を見つけると、石を投げつけてその異端者を殺しました。その後、囚われていた騎士たちを解放しました。この伝説のもう1つの説は、Ferragutと延々と問答合戦をした末、巨人の唯一の急所である臍を短刀で一突きにしたというものです。そうして、カール大帝率いる軍隊はナヘラを解放することができました。マス釣りが盛んなナヘリージャ川が朱色の大岩と背中合わせのその古い町を挟んでいます。
この地点からこのカミノの別の姿の始まりです。何度も語られてきた上り下りが続くナヴァーラの行程を後に、ここからはリオハ区域が始まります。この区間には2つの特徴があります。それは、似たような地形であることと、海抜380mのログローニョから800m以上のブルゴス地方までずっと続くという事実です。このように、カミノは旅人の忍耐力をくじかせるようなずっと続く偽の平原に変わるのです。こうなると、永遠に平地を歩き続けている感覚になるのですが、この行程のひたすら続く上り道により疲労が蓄積していきます。この傾斜は緩やかではありますがずっと続くためこの行程を通し脚は常に疲労にさらされるのです。

主な難所
標識:
カミノがログローニョを通過すると、町の公園内の標識で困る可能性があります。よく注意するか、人に尋ねるにこしたことはありません。
美しいグラヘラ公園に着いてから2kmほど進むとせいぜい1.5kmほどの坂道が始まりますが、その最初の700mがきついです。頂上まではずっとアスファルトです。ナバレテへ向かう下り坂に特に大変な所はありません。

分岐点
ベントッサに着いたら、舗装道路と小道のどちらの道でも進むことが出来ます。左にまわって小道を進むと表示されていない分岐点に出会います。右の小道を行くのが正解です。その代わり、もしアスファルトの道(ネヘラに向かう車道)の方を選んで数メートルいくとはっきり表示されたサン・アントンの丘に向かう小道が左手にあります。

サン・アントンの丘
この丘の一番きつい上り坂は1kmにも及びません。最初の500m位が足場は良くてもきつく、最後の約200mは石がごろごろした複雑な小道の構成になっています。下り坂では地面に特に注意を払わなければなりません。というのも、石ころや階段、車道を渡らなければならないからです。ナヘラに着くまではこれらの事に注意を払うほうが良いでしょう。

見所
ナバレテ:
ナバレテはその山に同心円状の街路を敷いた要塞の外観をもつ村です。ナバレテは陶器工房とカティージャとナバーラの間で繰り広げられた何度もの戦いで有名です。村には中世の建築様式の由緒ある大邸宅が見られます。また、12世紀末の城や城壁が残っています。聖母昇天教会やその拝殿はバロック様式の祭壇彫刻で飾られ、その聖器室にはレンブラントに描かれた16世紀のバッロック風の絵があります。墓地は13世紀のもので、幾何学模様のゴシック様式の門と大窓は元々旧サン・フアン・デ・アクレ救護院のものです。その柱頭の1つにはローランとFarragutの戦いが彫られています。

ヴェントッサ:
16世紀のサン・サトルニノ教会は日曜のみ開かれています。共同ワインがあります。ぶどう園や蜂蜜、チョリソ工房の村です。

ナヘラ
ローマ時代の古城跡近くに位置し、町の名前であるナハラは「岩の間」という意味のアラビア語に由来します。サンチョ大王がナバーラ王国の首都にし、サンチアゴ巡礼道がナヘラを通るようにしました。町は、ドン・ガルシアにより1052年に設立され、その後一族の霊廟となったサンタ・マリア・ラ・レアル教会や修道院を囲んでいます。3つの身廊をもつこの繊細な寺院は15世紀のゴシック様式の作品で、16世紀の合唱隊とビルバオの設立者ドン・ディエゴ・ロペス・デ・ハーロに加えナバーラ、カスティージャ・イ・レオンの王の異なる墓を所有しています。騎士の回廊はプラテレスコ様式で、美しい石のラティスが備えられています。7月にはナヘラの年代劇がこの記念建築内で祝われます。ナヘラは巡礼者に幅広いサービスや商品を提供できる地域の要で、球投げで有名な他、数え切れない家具工房があります。

9.4.09

今日は誕生日


今日は?回目の誕生日。お祝いのメールやプレゼントに感激です!
とっても気持ちよさそうなのでプレゼントの1つを紹介させてください!
沢山歩いて気持ちよくなろうっと。

ところで、私だけかな?自分の誕生日は忘れないけれど、30才を過ぎた頃から自分の歳を忘れるようになったのは。
自分の年齢を書き込む書類を目の前に「あれ?何歳だっけ、自分」
昭和生まれなので、西暦に直し引き算し、「あ~そんな歳になるんだ」としみじみ。
でも、すぐ忘れるんですよね。都合の悪いことは忘れるらしい・・ま、いっか。

2.4.09

新年度が始まりました!

全く実感がないまま新年度が始まりました。

通信制大学の科目テストとレポートを無事終え、結果を待っているところです。
これにパスすれば卒業まであと2科目。
さすがに今年度卒業しない訳にはいきません。
がんばろうっと。

お散歩の方は毎日1kmずつ進んでますのでもう第9行程は終わった計算です。
巡礼道の翻訳もまた少しずつ進めようと思います。

5.3.09

内職終わった~

次は試験勉強だ・・・間に合うかな・・